銀座・新富・東京くらしの地域情報

銀座・新富エリアの東京くらしガイドです。地域情報を発信中!!

史跡

銀座3丁目 発祥の地

銀座・新富エリア

その周辺エリアには 

とっても沢山の 

学校、病院 発祥の地 開学の地

が 点在しています…

それらの数は 文明開化のすざましいパワーを 

現代に彷彿させてくれます…

例えば 

銀座3丁目

飲み屋さんが入っているビルの傍らには

日本有数である大学発祥の地の石碑が建っています

それが こちら

専修大学

 

 

 

 

 

 

経済および法律の専修学校として始まった

専修大学

明治14年 

当時は木挽町

だったこの地に開学した訳です

現在の専修大学は神田や生田などに移られていますが

その当時はどうだったのでしょうか

熱血な先生や生徒さんが 闊歩していたと思うと

なにやら 銀ブラも うれしくなってきますね。

 

住所:東京都中央区銀座3-15-10

 

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明石 歴史の町

銀座・新富に程近い

明石町 旧聖路加病院

の敷地には

沢山の史跡があります…

その中には

江戸時代から

歌舞伎で取り上げられ

現代では時代劇やテレビで放映されていて

全国津々浦々の方が

名前はだれでも知っていらっしゃる

けれど どこにあったのかは良く知らない

史跡があるのです…

どなたでも 

「江戸」にあった

ことだけは知っていて

詳細までは わからない史跡

それが こちら

浅野

 

 

 

 

 

 

忠臣蔵で有名な

赤穂藩主

浅野 内匠頭 

江戸上屋敷跡

うーん

歌舞伎で有名な赤穂浪士の序章

刃傷松の廊下

の一報がもたらされた

「江戸上屋敷」

は こんなに 

現代の歌舞伎座近く

ほぼ徒歩10分

の距離にあったわけですね…

太平の元禄の世に 武士の心意気を示した事件

それにちなんだ地です。

しばし江戸からの歴史を思って、しばし感慨にふけって

しまいました…

このエリアは歴史を探訪してみたい方にも とっても

嬉しい場所 なのです。

歌舞伎見物帰りに ちょっと足を伸ばしてみるのも

一興かもしれませんね。

 

住所:東京都中央区明石町10

 

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京橋 親柱

銀座・新富エリア

に隣接している

京橋地区

その銀座との境

銀座1丁目

側にこんな石の柱がたっております…

きやうはし

 

 

 

 

 

 

きやうはし

と 彫られておりました…

その隣には 中央区のご案内板が置かれています。

京橋案内

 

 

 

 

京橋は江戸時代から昭和34年(1959)までかかっていた

とか。

この写真の親柱は明治8年(1857)当時のものだそうです。

現在、3個の親柱が残っていて、しかも中央区民文化財に指

定されています。

うーん こんな所にも 江戸時代ー明治時代の息吹を感じさ

せる物が残っているのですね。

銀座はとっても近代的な町ですが、江戸時代からの歴史も

刻まれた町なのです。

地図:東京都中央区銀座1-2-4

 

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銀座1丁目 大根河岸

銀座・新富

エリアでは、周囲を囲うように

首都高速

が走っております…

それだけ、遠くの方も簡単に、早く

銀座・新富エリア

に着けるわけです。

ですが、この首都高が走っているエリアは、実は

江戸時代のお堀、運河、河川を利用して作られているのです

例えば  

銀座1丁目 G−ZONE

辺りは、お堀でした

そして、G−ZONEの隣には、江戸時代の様子を想像させる

石碑が建っているのです。

それが こちら

大根河岸石碑

 

 

 

 

 

 

G−ZONEの京橋寄り

道路傍の公園の中にひっそりと建っております。

京橋大根河岸 

青物市場跡

と書かれておりました…

うーん このあたりは河岸になっていたわけですね

彫られている文章がちょっと長いので、かいつまんでお知り

になりたい方は 地下鉄京橋駅付近の この看板でご案内

されています。

大根河岸説明

 

 

 

 

ご案内によりますと、寛文4年(1664年)京橋川に青物市場

が設けられたとか。

G−ZONEの辺りは京橋川だったのでしょうか?

そして、昭和10年に築地市場に移るまで、市場だったとの事

銀座にこんなに近い場所に市場があったとは驚きですね。

ところで、

何で「大根河岸」

なんでしょう?

ご案内では、冬場に大量の大根が船から降ろされ、大根の

花が咲いたようだったから とか…

今からは想像できませんが、京橋も昔はかなり庶民的な町

だったわけです。

銀座エリアにある、江戸時代に思いをはせさせてくれる

記念碑でした。

 

Brg←近隣に関する投稿はココをクリック!

 

地図:東京都中央区銀座1-2-3

 

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有楽町 大岡越前

銀座・新富に程近い

有楽町イトシア

(いとしあ)

の広場には、実はひっそりと 史跡が有るのです

それは、地下広場に下りるエスカレーターに架かる

大きな屋根の向こう側

広場に面したその場所には

なぜか 

石垣があるのです。

南町石垣

 

 

 

 

何のへんてつも無いような石垣…

ここには何があったのでしょうか?

それは ご案内板に書かれておりました。

南町奉行所

 

 

 

 

うーん よくわかりませんねー

つまり ここには

江戸時代

南町奉行所

が会ったエリアだったのです。

千代田区のご説明によれば

1707年に数寄屋橋門内現地に移転され、江戸末まで置かれていたとか。

そして 発掘時には

大岡越前守御屋敷 

と書かれた荷札が出土したそうです

つまり ここ 

有楽町界隈は 

大岡越前守がいらっしゃった

わけですね。

今に伝わる

「大岡裁き(さばき)」も 

イトシア近辺で行われていたわけです

HP←大岡裁きについてはココをクリック!

 

最近はいやーな事件も頻発していますから、銀座・有楽町に来た時くらいは、スキッとした「大岡裁き」を思い出したいですね!

 

 

住所:東京都千代田区有楽町2-7

 

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銀座1丁目 歌舞伎発祥の碑

銀座・新富

の歴史に関わってきた

日本の伝統的芸能といえば

ご存知

歌舞伎です。

銀座には歌舞伎座があり

かつての新富には 

新富座が華やかにひらかれていました。

では その 江戸歌舞伎の発祥は?

寛永元年(1624年)

現在の京橋ー日本橋の辺りで始まった

中村座が原点とか 

そして、その記念碑が

銀座1丁目 G−ZONEの傍ら

に立っています

歌舞伎発祥の地

 

 

 

 

石碑の下 左側には日本語で、右側には英語でご案内が入っていました。

石碑の屋根には「家紋」が彫られていて、伝統を感じさせますね。

G−ZONEのような近代的なお店の隣に、こんな歴史があったとは…

このエリアの歴史の深みを感じた石碑でした。

 

地図:東京都中央区銀座1-2-3

 

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銀座7丁目 史跡

銀座7丁目 

昭和通り沿いの銀座歩道橋

その下には不思議なものが置かれています…

たとえば こちら

間知石

 

 

 

 

 

 

ご案内によりますと

間知石(けんちいし)

とか??

どうやら 写真左に見えている

四角錐の石を呼ぶようです

江戸城

などのお堀に使われていた石組み用の石とか

四角錐のとんがった先端を土側に注し、底辺側が表面に見えているわけですね。

ちょっと 江戸城の普請を垣間見た気持ちになりました。

現代でも、皇居のお堀では同じような石組みを見る事ができます。 100年以上たってもびくともしないとは、当時の技術力は現代でも通用しているわけですね。

 

住所:東京都中央区銀座7-13-10←地図はココ!

 

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銀座 伊能忠敬

銀座5丁目

あたりの銀座通り(中央通り)沿いには、

過去の銀座の歴史について教えてくれるご案内があります。

これはそのひとつ

伊能忠敬先生のご説明

伊能

 

 

 

 

ご案内によりますと、江戸後期に全国地図を作った伊能先生は、晩年、八丁堀亀島町にお住まいになったとか。

当時のこのエリアは、大名屋敷と八丁堀同心の住まいが入り組んでいたらしいのですが、もしかすると、現在の永田町のような雰囲気だったのでしょうか?

明治以後は、商業の町となりましたが、当時は知的な町だったのかもしれませんね。

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銀座6丁目 一橋大学発祥の地

さてさて、今まで数多くご紹介して来ました通り、

銀座

には、学校や病院などの日本発祥の地が数知れずあります…

今日はその一つ、大学の発祥の地の石碑をば…

それは こちら

銀座6丁目 

松坂屋前の歩道上植え込みにある赤い石碑

 

一ツ橋大学

 

 

 

 

達筆で書かれているので、よくわかりませんでしたが?

どうやら

一橋大学 の石碑の様子

ハッキリと読めるのが 明治八年 の文字でした

一橋大学は 明治八年(1875年) 森有礼先生が 

尾張町(現銀座)に開かれた商法講習所が始まりとか。

現在は 国立 神田 小平 にキャンパスがある国立大学

産業界向けの人材を輩出するのが理念だそうです。

HP←ホームページはココをクリック!

 

銀座は 国立大学の発祥の地でもあったわけですね。

 

住所:東京都中央区銀座6-10-1地図はココをクリック!

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銀座4丁目 慈恵病院発祥の地

銀座エリア

には、学校や病院等の発祥の地が数知れずあります…

普段 銀ブラしていると 見落としてしまうような場所や、街路樹の植え込みに そっと 何気なく レリーフが置かれていたりするのです…

これは そのひとつ

慈恵

 

 

 

 

東京慈恵会医科大学

発祥の地の石碑です。

場所は銀座通り(中央通り)にある、松屋と三越の間を区切る松屋通りを有楽町方面に歩き、ガス灯通りを越えた辺り

その街路樹植え込みにひっそりと佇んでおりました。

ご案内によりますと

明治14年(1881年)5月1日、高木先生によって、慈恵会の前進 成医会講習所 として かの地に設立されました。 (今から126年前ですね!)      

先生は脚気の撲滅に尽力された事でも有名なお方とか。

また、英国流の医学を目指され、当時の権威的ドイツ医学とは異なり、患者の立場に立った医療を実践されたそうです。

現在の慈恵病院は、西新橋にあり、この地域の総合中核病院でもあります。

以前投稿しました聖路加病院も銀座近傍エリアに有ります。くしくも両病院に共通しているのでは?と思われることは

「患者さんの立場に立った医療」

でしょうか

このような心持ちの病院が近くにあると、なんだか都会生活に安心が持てますね!

銀座は商業の地でありますが、学問、医学の発祥の地でもあったわけで、もう一つの銀座の歴史を見つけた気持ちです。

 

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住所:東京都中央区銀座4-4-1←地図はココをクリック!

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